そのままで幸せになれるママの姿って発達障害児には最高の先生です。

私が自分の発達障害に気づいた時には既に50代になっていました。 ミドル・エイジの素敵なバイリンガル・メンタル・ヘルスを目指すマダム・マーメイド・倶楽部会長、カイルアお天です。 私は数年前まで自分が発達障害であるという事実を知りませんでした。 数年前、緊急入院に至るまで、単なる凸凹のある鬱持ちの人間だと思い苦しんでいました。 ところがごく普通のアメリカ系白人の現在の夫と再婚したのをきっかけに、私の普通は彼の普通ではないという日々のヅレの中、結果的に私はメンタル・ヘルスで生活に支障あり。ということで障害者となりました。 それから、数年をかけ自分が発達障害、アスペルガーであることを受け入れ、理解し、学びながら発達中で、孫もできるような年齢で自分を育て直しております。自分の足で立つことは、別にものすごいことができるようにならなくて良いと思います。 私の母は私の障害を知らないまま、”一生懸命”をキーワードに私を育ててくれました。 当時は”発達障害”ということは知られていないところで生活しておりました。 そんな中、もし母が私を今育てているならと、役に立ててもらえそうなネタをここに書くことにしました。 きっと、母もこれを読みながら、それなりの意見が出てくることでしょう。 発達障害って極端に得意なことはあるけど、結果的に人間関係でそれが活かせなく、欲求不満と自身損失にも陥りがち。特に両親に経済的余裕あると要注意。お金で解決できないことを、教えてあげられることは非常に大切だと思います。 発達障害があっても、政府のお世話や障害者というラベルを貼らずに生きていくにはやはり、人間関係だと、障害者となってしまった今だからこそ思います。 いずれにせよ、手に職の次に、人を慈しむ心、人に頭を下げて何かを素直にお願いできる能力はアイキューより大切ですよ。